ハードボイルド・パン屋伝(中編)

小説

「やれやれ、桐生さんも無茶言うなあ」

 

 ジャングル。行く手を阻む木の枝や草むらをかき分けながら、僕は歩き続けていた。

 

 パン職人の桐生さんから連絡があったのは三日前。彼はアフリカの秘境にあるという伝説の小麦をどうしても手に入れたいらしい。そこで白羽の矢が立ったのが小麦粉製造会社の営業担当である、僕こと星野だ。

 

 本当にあるかどうかわからないものを探せと言われて、困惑しない人間はいないだろう──この僕以外には。

 

「絶対に見つけてやる」

 

 脳裏にパンを頬張るお客さまの幸せそうな顔が浮かぶ。それが原動力だった。

 

 僕は連絡を受けて五分後には、空港へ向かうタクシーに乗り込んでいた。桐生さんはこうなるとわかっていたからこそ依頼してきたに違いない。あの人は、なかなか見る目のある人だ。それはパン作りにも生かされているように思う。

 

「くそ、雨か……」

 

 熱気と湿度。営業で鍛えた足腰も、過酷なジャングルでは悲鳴をあげ始めていた。それでも僕に足を止めるつもりはない。

 

「最高のオーダーメイドパンを桐生さんに作ってもらうんだ」

 

 だからここで倒れるわけにはいかない。前に、前に、進もうとする気持ちを嘲笑うように足がもつれた。地べたを這う。何ほどのことでもない。足が駄目なら腕で這う。そうして前へ。

 

 ふと、光が差し込んだ。

 

 視界が開ける。

 

「黄金」

 

 たしかにあった。

 

 幻のように現れた小麦畑。言葉を失う僕の頬に涙が伝った。

(続く)

次回完結!

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